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大阪高等裁判所 昭和58年(う)235号 判決

被告人 中川健造

昭二一・八・二六生 家屋解体業

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金井塚修作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中理由不備ないし理由そごの主張について

論旨は、原判示第一につき以下のような理由不備ないし理由そごがあり原判決は破棄されるべきであるというので、所論にかんがみ記録を調査して検討し、次のとおり判断する。

論旨は、原判決は「被告人は家屋解体業を営んでいるものであるが、……(四五街区の)土地の一部を無断で自己の事業に使用して利得を得ようと企て、」と認定しているが、家屋解体業を営んでいることと、京都市上下水道管理者中田淳の占有を排除し自己が右土地を占有使用することとの関連性はないから理由不備であるという。しかし、「被告人は鳥羽興業の名称で家屋解体業を営んでいるものであるが、」との原判示記載は被告人の主たる営業を表示したものと解する余地があるうえ、原判決はその行為態様として右土地の一部を掘削し、その土砂を搬出したうえ、右掘削部分を含む広範囲の土地に多量の残土、コンクリート片などを継続して投棄したと判示しており、更にその一部について業として産業廃棄物の処分を行つたと認定されていることをもあわせ考えると、原判決は被告人が産業廃棄物処理業のため右土地を無断使用して利得を得ようと企てたと判示したものと解されるから、原判決には所論のような理由不備は存しない。

論旨は、原判示第一の不動産侵奪の点についての判示は、他人の占有を排除し、新たに占有を設定した時期(特に既遂の時期)、行為内容及び侵奪された土地の範囲が不明確であるという。しかし、原判決は侵奪された土地の範囲について六、九一三平方メートルと明示しており(なお、この点に計算違いがあり、七、〇二四平方メートルに訂正されるべきであることは後記のとおりである。以下、単に本件土地という。)、また昭和五七年三月四日ころから同年四月五日までの間、四五街区のほぼ中央付近約二、三二〇平方メートルを約四・五メートルの深さに掘削し、その土砂約一万一、五〇〇立方メートルを搬出したうえ、右掘削部分を四五街区の土地約六、九一三平方メートルの土地上に、残土、コンクリート片など約三万一、八〇〇立方メートルを投棄し、夜間は他人の出入を遮断したと判示しているのであるから、被告人らの行為内容は明らかであり、そして右のような行為態様により右土地を侵奪したと判示しているのであるから、右四月五日の時点で本件土地の全域にわたつて不動産侵奪の既遂に達したと認定しているものと解され、ただ始期を三月四日と表示しているのは右実行行為の着手時期を明らかにしたものと認められるから、原判決には所論のような理由不備ないし理由そごは存しない。

論旨は、原判決は、結城照臣と共謀のうえ、六、九一三平方メートルの土地を損壊すると共に侵奪したと認定しながら不動産侵奪の点について刑法六〇条を適用していないので理由不備ないし理由そごがあるという。しかし、弁護人も指摘するとおり原判決は事実の摘示で不動産侵奪の共同正犯と認定しているのであつて、刑法六〇条を適用した旨を判文上明示しなくても、同条を適用しているものであることは自明であるから、原判決には所論のような理由不備ないし理由そごは存しない。

従つて、理由不備ないし理由そごに関する論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、原判示第一につき、以下のような事実の誤認があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実調べの結果をもあわせ検討して次のとおり判断する。

論旨は、原判決は、被告人らが四五街区のほぼ中央付近約二、三二〇平方メートルを約四・五メートルの深さに掘削し、その土砂約一万一、五〇〇立方メートルを搬出したと認定しているが、(証拠略)によれば、上鳥羽南部地区土地区画整理事業施行者京都市長(担当洛南区画整理事務所、以下、単に洛南事務所という。)は天土のすき取り使用を許可されているところ、天土の厚さは〇・五平方メートルを下らないから、これがすき取り使用されたとすれば被告人らが搬出した土砂は原判決の認定した量より一、二七六立方メートル(2320×0.5×1.1)少ないはずであるという。しかし、(証拠略)によれば、洛南事務所は建設局ポンプ場南端隅の一部分(証拠略)をすき取り使用したのみで、前記二、三二〇平方メートルの範囲の天土をすき取り使用していないことが認められるから、原判決には所論のような事実の誤認は存しない。

論旨は、原判決が四五街区中一万三、三九四平方メートルを京都市上下水道事業管理者中田淳が管理占有していると認定しているが、その内五〇一平方メートルは京都市土地開発公社が仮換地を受けており、前記管理者の管理占有しているものでないという。しかし、京都市下水道局総務部用地課長藤川宗男作成の上申書添付の売買契約書によれば、京都市は昭和五六年一二月四日前記公社より右土地を購入しその使用収益権を取得し、以後前記管理者中田淳において管理占有していたことが明らかであるから、原判決には所論のような事実の誤認は存しない。(なお、洛南事務所の一時使用地九、六〇〇平方メートル中に前記五〇一平方メートルの土地が含まれるかどうかの点について付言するに、(証拠略)にはそれが含まれるとしているが、反面この点に関する弁護人の照会に基づき前記中田淳が作成した回答書には右五〇一平方メートルの土地が含まれていないことや洛南事務所が使用許可を得た時点では右土地が京都市のものでなかつたことを考えると、洛南事務所の一時使用地に右五〇一平方メートルの土地が含まれていたとの点について疑問の余地があることは弁護人所論のとおりであるが、いずれにしても本件当時右中田淳が正当に管理占有していたことは前記認定のとおりであるから、右の点は原判決の事実認定を左右するものではない。)

論旨は、結城と本件不動産侵奪及び器物損壊の共謀をしたことはないのに、その事実を認定した原判決には事実の誤認があるという。しかし、右共謀の点について、被告人は、捜査段階の当初は否認していたが、その後自白し、原審公判廷においてもこれを維持していたものであるうえ、原判決挙示の証拠によれば、被告人は本件以前の昭和五六年一二月二〇日ころ本件土地から約一〇〇メートル離れた四三街区中四三の一の土地につき一時使用方を申出、洛南事務所から良質の残土を入れ整地して年内に返還するなどの条件でその許可を得たものの、整地することなくそのまま放置していたが、結域の助言により土建業者などに廃棄物処理用のチケツト一、〇〇〇枚を発行したうえ、同五七年二月中旬から右土地に業者より持込まれた残土、廃棄物を投棄し、業者から金員を得ていたこと、その際、当初被告人の作業に協力していた結城が右土地の一部を掘削して砂利を搬出し始めたので同人に注意したところ、同人は砂利を搬出した方が多量の残土などを受入れて余計に儲かるというので結城の行為を是認したこと、そのため洛南事務所から再三にわたり口頭あるいは文書にて作業中止の警告を受け、遂に同年三月二日同事務所長堀内由弘から同月一〇日までに原状回復するよう申渡されたこと、ところが、業者に発行した前記チケツトが当時未だ残つていたうえ、同月初旬更に同様のチケツト四、〇〇〇枚を発行することにしていたのでこの土地に代る廃棄物処理場が必要となり、被告人は同月三日洛南事務所に四五街区中本件土地の使用方を申入れたが断られ、更に所管の京都市上下水道局に電話したが担当者に連絡が取れなかつたため承諾が得られないまま、被告人は前記土地に代る廃棄処理場を確保する必要に迫まられて、本件犯行を企図し、被告人において、原判示のとおり同年三月四日ころから同年四月五日までの間掘削された部分を含む本件土地に業者等より持込まれた残土、コンクリート片などを受け入れてこれを投棄し、夜間は右土地の出入口にブルドーザーを置くなどして他人の出入りを遮断し、一方被告人より連絡を受け、本件土地の掘削、掘削土砂の搬出を担当することとなつた結城において、同年三月八日ころから同月一四日までの間四五街区中約二、三二〇平方メートルの土地を約四・五メートルの深さに掘削し、その土砂約一万一、五〇〇立方メートルを搬出し、これによつて両名とも多額の利益をあげていること、右行為は市当局の再三にわたる作業中止の警告などを無視して強引に行われ、特に作業を始めて間がなく、被告人が市当局から呼び出されて作業中止の警告を受けた三月九日ころ、作業現場に居合わせた業者が廃棄物処理法違反で検挙されると言つてそのことが話題になつた際、結城は「わしは窃盗でやられるやろ」とその事実を自認していたにもかかわらず、その後も引き続き両名とも作業を継続したことが認められ、これらの事実によれば、被告人らは右のような行為態様において本件土地における京都市上下水道事業管理者の占有を排除し、自己の支配下に移し、かつ損壊したものであつて、被告人と結城との間に不動産侵奪及び器物損壊の共謀があつたことは明らかである。所論は、被告人には本件土地を自己の所有地にしたり、永久に使用したりする意思はなく、一時使用後整地のうえ返還する意思があつたから不法領得の意思はなかつたという。しかし、不法領得の意思は権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用または処分する意思をいうのであつて、所論のように永久的にその利益を保持する意思までは必要としないのであるから、被告人らが本件土地を前示のごとく無断使用し、その管理者の占有を排除し自己の占有を設定して所有者と同様の実を挙げた以上、所論のようにたとい使用後返還する意思がある場合であつても、不法領得の意思がなかつたということはできない。原判決には所論のような事実の誤認は存しない。

論旨は、原判決が四五街区中六、九一三平方メートルに残土など三万一、八〇〇立方メートルを投棄したと認定しているのは事実の誤認であるというので検討するに、(証拠略)によれば、被告人らが投棄した残土などの体積は三万一、八〇〇立方メートルであり、また被侵奪面積は右残土などが投棄された底地に相当する範囲であつて、前記五〇一平方メートルの土地の一部を含む七、〇二四平方メートルであるのに、八、七七六平方メートルの土地から侵奪されなかつた暗渠部分を差引いたのみで、被侵奪地である右五〇一平方メートルの土地の一部を底地面積の計算に入れることを失念していたためその部分に相当する一一一平方メートル少ない六、九一三平方メートルが底地面積とされていたことが認められ、これによれば、残土などを投棄した堆積物の量は勿論、それによつて侵奪された土地の範囲がその堆積物の底地面積であることの認識には誤がなかつたが、右底地面積の計算違いがあり、そのため原判決は投棄量及び侵奪された土地の範囲を正当に認定しながら、被侵奪面積を前記のような計算違いから六、九一三平方メートルと表示したものであることが明らかであるから、原判決には所論のような事実の誤認は存しない。(なお、当審において被侵奪面積につき六、九一三平方メートルから七、〇二四平方メートルに訴因変更がなされたが、この点は数字の訂正で足りるものと考えられる。)

従つて、以上事実誤認に関する論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤の主張について

論旨は、原判示第一につき以下のような法令適用の誤があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというので、所論にかんがみ記録を調査して次のとおり判断する。

論旨は、本件土地の一部を分離し領得する結城の行為は動産の窃盗であるとして、最高裁判所昭和二五年四月一三日判決(同判例集四巻四号五四四頁と思われる)を引用しているが、本件土地の掘削、土砂搬出行為を含む被告人らの判示行為が不動産侵奪罪を構成することは既に説示したところから明らかであり、右最高裁判決の事例は約六〇坪の苗代から稲苗全部を抜取り、更にこれを他の土地に植付けたうえ、他人の立入を禁止するため判示立札を同所に樹立して右稲苗を窃取したという事案であつて、本件とは全く事案を異にし本件に適切でなく、原判決には所論のような法令適用の誤は存しない。

論旨は、不動産侵奪の既遂時期以降の器物損壊は不可罰的事後行為であり、器物損壊罪の成立する余地はなく、また器物損壊と不動産侵奪とが一個の行為で二個の罪名に当るとして刑法五四条一項前段を適用した原判決には法令適用の誤があるという。しかし、本件土地全域に対する不動産侵奪の既遂時期は昭和五七年四月五日と認めるのが相当であるから所論のように器物損壊について不可罰的事後行為を問題にする余地はなく、また原判示所為が器物損壊の実行行為であると同時に、不動産侵奪のそれでもあるから、これに刑法五四条一項前段を適用した原判決には所論のような法令適用の誤は存しない。

論旨は、原判示第二につき以下のような事実誤認ないし法令適用の誤があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというので、所論にかんがみ記録を調査して次のとおり判断する。

論旨は、建設廃材は産業廃棄物でないのに、これを産業廃棄物と認定した違法があるというのであるが、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下、単に廃棄物処理法という。)二条三項で「産業廃棄物」とは、事業活動に伴つて生じた廃棄物のうち、燃えがら、汚でい、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチツク類その他政令で定める廃棄物をいうと定め、同法施行令一条は、同法二条三項の政令で定める廃棄物は次のとおりとするとし、その九号に「工作物の除去に伴つて生じたコンクリートの破片その他これに類する不要物」とあるところ、これはいわゆる「建設廃材」と称される物をいうものと解されるのであつて、原判決には所論のような違法は存しない。

論旨は、原判決別紙一覧表(1)は一般民家の家屋解体より生じた壁土と瓦であるところ、個人家屋を解体業者等が解体する場合の廃木材は当該業者の排出する一般廃棄物であるから、右(1)は一般廃棄物であつて、産業廃棄物でないという。しかし、原判決挙示の証拠によれば、右(1)は解体業者野口誓が業として個人家屋を解体したことに伴つて生じた壁土、瓦、コンクリートガラなどの不要物であることが認められ、これが産業廃棄物に該当することは明らかであるから、原判決には所論のような違法は存しない。

論旨は、同一覧表(3)の建設廃材と原判決が摘示した物は非舗装道路の側溝建設工事により生じたもので、四トン車二台分のコンクリートガラと四トン車三三台分の土とを区別せず混載して運搬したというのであるから、そのうちコンクリートガラ二台分のみを捉えるのは物全体の観察による理解とはいい難く、土砂及び土地造成の目的となる土砂に準ずべきであるという。しかし、弁護人指摘のとおりコンクリートガラと土とが混在しているからといつて、コンクリートガラ二台分について物全体の観察の名のもとにそれが「もつぱら土地造成の目的となる土砂に準ずるもの」ということはできないから、原判決には所論のような違法は存しない。

更に論旨は、産業廃棄物処理のために不動産侵奪罪を犯したとして被告人の刑責を問う場合、廃棄物処理法違反罪はこれに吸収され、別に廃棄物処理法違反罪を以て処断することは許されないという。しかし、不動産侵奪罪は不動産所有権の保護を目的とし、同罪の態様は不法領得の意思で、不動産に対する他人の占有を排除し新たに自己の占有を設定するものであるのに対し、廃棄物処理法違反罪の保護法益は業者による産業廃棄物の処理を適切に行い、環境汚染の原因を除去して生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とし、同違反罪の態様は都道府県知事(本件においては市長)の許可を受けないで業として産業廃棄物の処分を行うというものであつて、両罪は保護法益及び犯罪態様を全く異にしており、一方が他方を吸収する関係にあるとは認められないのであるから、両罪が成立し両者は併合罪の関係にあるとした原判決には所論のような法令適用の誤は存しない。

従つて、以上事実誤認ないし法令適用の誤に関する論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、被告人を実刑に処するのは酷であるというので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実調べの結果をもあわせて検討するに、量刑に関し原判決が説示するところはまことに相当であつて、本件犯行の罪質、犯行態様の悪質性、結果の重大性(被害額が甚大であることを含む)、地域社会に与えた影響の大きさ、本件犯行において、被告人の果した役割などに徴すると、刑責は重いといわねばならず、被告人の生いたち、京都市上下水道管理者に本件犯行による堆積物の搬出、除去を申出ていることなど所論指摘の事情を十分斟酌しても、被告人に対し刑の執行を猶予するのは相当でなく、被告人を懲役一年八月の実刑に処した原判決の量刑は刑期の点においても不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 家村繁治 田中清 八束和廣)

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